小笠原紀行・その8

12/7PM~8 東京へ

 感動の見送りも終わり、Cデッキへ戻ってくると、船内見学の参加者募集をしていた。ぜひ見てみたいので申し込む。参加者は十数名ほど。Cデッキのインフォメーションセンター前に集合し、甲板に出て、ふだんは通れない扉を抜け、最上層の操舵室へ。思っていたよりも狭い。前後方向への幅がさほどないのである。窓ももっと見晴らしのよいものを想像していた。最上層なので揺れが結構大きい。持ち手になるのだろう、短いロープが天井からぶらさがっている。

 船長が挨拶。佐々木功似の男前である。こんなかっこいいキャプテンなら大船に乗った気分である(大船に乗ってるのである)。操舵室内の各種設備を説明してくれる。最近はすべて電子化。モニターにはGPSによる海図も自動表示されている。しかし、昔ながらの海図もきちんと用意されている。神棚にはこんぴらさんと成田さんが奉られている。「奉っておかないで何かあるといやですから」と船長さん。なるほどね。信仰は人なり。

 再度甲板に出て、今度はDデッキ後方の機関室へ。大きく揺れていて身を支える必要がいつもあった操舵室とは対照的に、機関室はほとんど揺れない。船は上層ほど、前方ほど揺れる傾向があるそうだが、下層後方の機関室は揺れに関しては最適なのだろう。もっともエンジン音はとんでもなくうるさい。

 機関室には操作パネルがたくさん。メーターやスイッチもたくさん。うっかり操作すると大変なことになるであろうスイッチなんぞもたぶんあるのだろうから、こわくて壁に寄り掛かることもできない。おそらく触ったくらいじゃ作動しないようにフールプルーフがついてるんだろうけど。

 おがさわら丸の燃料は重油の中でもグレードがもっとも低いC重油。大量の燃料を消費するおがさわら丸だからこそ最も安いタイプの燃料を使うのである。常温ではほとんど液化していないので、ボイラーで加熱して液化してから燃焼させるのだそうだ。C重油を燃料にするにはボイラー設備も必要になるため、さほど船体の大きくない母島への運航便・ははじま丸ではよりグレードの高いA重油を用いている。その燃料もおがさわら丸につまれている。おがさわら丸はいろいろとライフラインなのだねえ。

 ディーゼルエンジンはずいぶんとでかい。そしてエンジンルームはとんでもなくうるさくとんでもなく暑い。50℃以上になることもあるそうな。機関室へ戻ってきた時、クーラーのありがたみをしみじみと実感した。

 これで船内見学は終了。Eデッキへ戻り、一息つく。その後は日没をながめたりしてぐだぐだ過ごす。多少揺れが気になるのだが、行きよりはずいぶんとよい感じである。ただ、低気圧が接近しているというので、黒潮を横切り大きく揺れる八丈島付近、つまりは翌朝の状況が不安である。

 まあ、今悩んでも仕方がない。夕食はサバ味噌煮定食。多少なりとも消化器に負担をかけなさそうなものを選んだつもり。消灯直前にスナックにて翌朝食用のサンドイッチを仕入れ、食堂で缶ビールを飲んでアルコール補給をしてから就寝。

 毛布にくるまり目をつむっていると、自分の身体が大きなループを描きながら動いていることが実感される。寝つかれないまま、それでも少しでも身体を休める。うとうとしつつ、ふと大きなうねりでめざめる朝5時。黒潮に突入したようだ。低気圧の影響もあろう、うねりはどんどんとひどくなる。ここはEデッキでも船首側のため、ときおり波頭にぶつかる衝撃がもろに伝わってくる。

 やや寒い。寝起きでもあり体温が落ちているのだろう。コーヒーでも飲んで体温をあげたい。しかし立ち上がる気にはなかなかなれない。身を起して座り込むその体勢が、三半規管に一番ダメージを与えるようである。なんとか起き出し、給湯所でインスタントコーヒーをこしらえて飲む。多少あったまった、と自分を納得させまた毛布にくるまり、クッキーをいくつかかじり、酔い止めを追加(乗船前に24時間有効なのを飲んだのだが)。目をつむり、眠気が意識を飛ばしてくれるのをひたすら待つ。

 意識が時々戻るたび、揺れはだんだんとおさまってきている、と思う。そう考えることで自分を安心させようとしている。いつしか空腹になっている。寝転んだままサンドイッチをかじる。また眠りの中へ。11時ごろ、三宅島が見えてくるか、という辺りまで来て、やっとうねりがおさまってくる。そのころには頭を起しても大丈夫になってきた。

 かなり遅れているようだ。到着は18時ごろになるとのアナウンス。

 昼過ぎには大島付近を通過。スナックにて島影を見つつ自販機で買ったカップ麺をすする。椅子を占領しておいてスナックに一銭も落とさないのは気が引けたので、パッションジュースも頼んで。あいかわらず外は悪天候だが、揺れはずいぶんと減った。

 14時ごろに房総沖。揺れがおさまると体調もおさまる。ずっと圏外表示だった携帯電話もアンテナが立つようになった。小笠原ではドコモしか使えないので、ドコモじゃないわたしの携帯は役たたずだったのである。

 周囲に船が目立つようになってくる。航行の関係上ときおりストップするように。船の一時停止はずいぶんと時間のかかる一時停止になるものだ。

 残り時間をだらだらと過ごす。群馬勢の居る後部Eデッキへもお邪魔。エンジン音がかなりやかましい。ただ揺れは前方よりも少ない。こちらは謝恩ツアー客用の部屋なのだが、謝恩待遇ということなのかしらん。

 暗くなった東京湾を船はじりじりと進み、18時すぎ、竹芝桟橋へ到着。おつかれさまでした。

 揺れない大地へ降り立つ。揺れないっていいことだねえ。

 竹芝桟橋の土産店にて、父島で買えなかったグァバ麺や島唐辛子などを購入。ここで売っていることを知っていたので、父島ではあえて探しまわらなかったのである。

 家へ帰り、荷物を整理していると、バッグや衣服にしみついた蚊取り線香のにおいに気づく。おじさんが焚いておいてくれたものだ。小笠原の残り香だ。

 デジカメに撮影しておいた写真をざっとチェック。一枚一枚をじっくりとは見られぬものの、刻まれた想いが、ほのかに立ち上がってくるのを感じた。

(了)

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