小笠原紀行・その6

12/6PM 宮之浜

 シュノーケリングをしてみたいな、と思っていたのである。昨日の体験が印象的だったのである。

 一度宿に帰ってギョサンにはきかえ、三点セットを借りにいく。昨日ホエールウォッチングをしたパパヤがレンタルをしている。パパヤは今日はケータ島(聟島)へのツアーをやってるはずだ。店の人に「昨日は何色のフィンをつけましたか」と聞かれる。足ひれは色でサイズが決まってるそうな。マスクは「一番きれいなのを貸しましょう」と出してくれた。それらを原付に積み込んで走る。

 ダイビングポイントといってもあまり知らないので、おととい行った宮之浜に行くことにする。兄島瀬戸の一部だから魚も多いだろう。浜からすぐ水中にサンゴが見えるので、ちょっと泳ぐだけで楽しめそうだ。それに港から丘を越えてすぐであるし。坂を登って走る。人通りはない。午後2時。

 宮之浜に到着。原付を路肩に止め、三点セットとタオルや着替えをつめた袋を手に浜へ降りる。浜にはおとといも潜っていた夫婦が一組、別の老夫婦が一組。どちらももう帰り支度の様子。

 浜の西のほうにある休憩所を基地にする。服を脱いで袋につめ、風で飛ばないように石を乗せる。ギョサンを脱いで浜を10mばかりひょこひょこ歩くともう海岸線。水に足をつけ、砂を洗い流しながら足ひれを着ける。マスクのガラス内面に曇りどめのためつばをつけ、マスクをかぶり、シュノーケルをくわえてざぶざぶと海中へ進む。さすがにちょっと、身体が濡れると風が冷たい。水温の方が温かい。

 潜った。

 昨日ほどではないものの、だが確実に蒼い世界が広がった。

 魚は昨日同様に多い。浜に沿う形でサンゴが広がる一帯があり、その辺りは魚が多い。あまり沖に行くと今度は危なそうなので時々自分がどの辺に居るのか確認しながら泳ぐ。いつの間にやら足がつかないような深度に居た。立ち泳ぎをしながら辺りを見回す。今日はライフジャケットを着ていないから浮力がつきにくい。

 浜の西端まで行くと海底にサンゴがなくなり岩や砂ばかりで魚も居なくなる。折り返して東のほうへと泳ぐ。浅い深度のところを縫うように泳いでいく。サンゴが目の前に。サンゴ虫の触手が水流になぶられてゆれうごく。視界のそこここに魚たちが泳いでいく。突然大きな魚影。アオブダイだ。間近に見る姿にただ感動。昨日見たヘラヤガラらしき魚もまた居た。パイプウニやシャコガイや。ムラサキウニらしきものには触らぬように気をつけつつ泳ぐ。

 日はだんだん傾いていく。風もだんだん強くなりだす。身を起こすたびに、一瞬身を震わすようになってきた。それが一瞬でなく水に潜ってからも続くように。美しい海中をもっと見ていたいし泳ぐことそのものが楽しいのだがそろそろ限界か。上がることに。

 すでに浜には誰も居なくなっている。荷物を持ち、東の四阿へ。ここのそばのトイレには水道が設置されている。水を手ですくって身体にかけて軽く洗う。タオルで全身をこすり乾いた服に着替えると、やっと震えは止まった。結局1時間ばかり泳いでいたのか。楽しかったな。ありがとう。

 原付を走らせ、今度は三日月山頂上を目指す。二見港を見下ろす山。夕日におがさわら丸が輝いていた。

 山を降りパパヤへ。三点セットを返却。ついでに道の向かいのビジターセンターに入る。小笠原の自然や歴史がまとめられている。客は小さな男の子一人。ゆっくり見て回る。ジョン万次郎はこんなとこまで来ていたんだねえ。数ヶ月前に四国最果て足摺岬でジョン万の銅像を見たが、この人は最果てにばかり来ているんじゃないだろうか。というようなことを受け付けの女の子と駄弁る。彼女は明日クジラを見に行くんだそうな。見られるといいね。宮之浜で泳いだことをいうと寒かったでしょうといわれた。確かに寒かった。なんでも宮之浜は水温が低めだそうな。

 日も沈んだ。そろそろ帰らねば。原付を走らせる。が、宿に戻る前にもう一つ寄らねば。夜明道路の方に曲がり、すぐそばにある店。「わしっこ」。

 「日本全国クロスワード」制作中に、「こんなヒントわかんないよー」と皆にブーイングを浴びたヒント、それがこの「わしっこ」に関するものだったのだ。紙で作った魚の土産物があるらしい、という情報だけがあったのだった。

 店の前で原付を停め、喫茶店風の店を観察。と、奥さんらしい人が出てきた。目があった。これは入らねばならないな。招かれるままに入店。

 店内には、一面に魚。魚の張り子、といえば判りやすいのだろうが、非常にリアルな造形である。もっと薄っぺらいものを想像していた。それに、よく見ればこれはおじさんの宿にいくつも飾られていたアレではないだろうか。実物大のようででかいものはずいぶんなサイズになる。

 ぜひひとつは買おう。サイズと価格を検討し、ハゼ類を買うことにした。何匹か居る中で一番可愛い顔のアケボノハゼを購入。300円ばかりまけてくれた。奥さんありがとう。

 宿に帰る。今晩の食事はおじさん夫妻と。庭で作ったというズッキーニに赤ピーマンがうまい。昨日までと同様にがぶがぶとビールを飲み、早々に就寝。毎日喰っちゃあ早寝だなあ。

(余談だが、実家に帰ったら『わしっこ』の魚があった。数年前から見ていたのに知らなかったのである)

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