小笠原紀行・その3

12/5AM ホエールウォッチング船

 朝方、スコールが激しく屋根を叩く音でめざめる。うとうとする間にスコールはやみ、見事な晴れに。予報は大外れ。よかったよかった。

 たっぷりの洋朝食。庭でとったというオレンジのジュースがうまし。

 水着の上からTシャツとショートパンツを着る。防風用にゴアテックスの上着を荷物に詰め、原付に乗って二見港へ。山道のカーブを急いだので胃袋がへんな感じに。船に乗る前に酔ってどうする。港の生協にて昼食のおにぎりとお茶を買い、パパヤへ。

 ウェットスーツを合わせてもらう。3L。一番でかいサイズ。三点セット(シュノーケル、水中眼鏡、足ひれ)を受けとり、ワゴン車に乗り込む。車で港へ。

 ミスパパヤという船に乗り込み出港。パパヤではこのミスパパヤに加え、マンボウという小型船を同伴させる。マンボウが別働隊として情報収集につとめイルカやクジラを見つけるというわけだ。目が2倍になれば効率も2倍。

 客は女性の方が多い。アベックか女性複数というパターン。男一人というのはあまりいない。例の群馬勢も客の中に居たから、わたしは「男一人」の部類に入らないかもしれないけど。るるぶの取材で来たというカメラマン氏も居た。

 二見湾から西海岸を南下し、洋上から小港海岸やジョンビーチ、ジニービーチなどを眺める。ジニービーチなどは道もないためになかなか来にくいとか。

 ここでイルカ発見の報。そちらへ向かう。

 見つかったのはハシナガイルカの群れ。一般に、イルカはサメなどを避けて昼間に沿岸近くで睡眠をとるそうだ。朝に岸近くの浅いあたりで泳ぎながら眠りをとるのである。そんな習性に適応し、イルカは大脳半球が片方ずつ睡眠に入るという。またイルカはREM睡眠(夢を見る深い睡眠)がないのだが、これも泳ぎに適応したためという説がある(関係ないが、この説への反証として『フクロモグラもREM睡眠がない』という事実があげられている)。

 ハシナガイルカの群れには、すでに数隻のウォッチング船が接近していた。ブロウ(呼吸による潮吹き)があがる。あれがイルカだ。

 2分半から3分に一度、イルカの群れが背中を見せて呼吸をする。高知で見たニタリクジラだとこの間隔が10分ほどなのだが、イルカはやはり小型だということなのかな。

 泳いではいるが寝入りばななので、さほど活発な姿でもない。それでも寝ぼけたか、3頭ほどがハシナガイルカ特有の錐揉みジャンプを披露してくれた。この後2頭ほどのミナミハンドウイルカも出現したが、すぐに潜って消えてしまった。

 父島観光へ。南島付近を走る。沈水カルスト地形の奇景。11月末の台風によって大きく欠けた岩がある。欠けめは石灰岩特有の白亜に輝いている。水底には欠片の白い影も透けていた。

 南島の扇池へ向かう。現在南島は上陸禁止中で、唯一入れるのがこの扇池なのである。地形としては、「紅の豚」に出てきたポルコ・ロッソの隠れ家といえば解るだろうか。海食洞窟をくぐった入り江。ここへは接岸できないため、船から泳いでいく。

 水着に着替え、ライフジャケットを着て、3点セットをつける。ダイビング初体験。船の後部からエントリー。水温はあたたか。息を大きく吸い、顔を水へつける。

 焦点が合う一瞬の間を置き、視界はただ「蒼」。なにもかもが蒼い。蒼い海中をただ見つめながら、足ひれを動かして進む。ときおり顔を上げ、自分が洞窟に向かっていることを確認する。水底のそこここに見えるサンゴ。その間を行き交う魚たち。

 白い砂に手をついてたちあがった時、ダイビングというものにひどく魅了されている自分を発見した。これは、はまりそうな予感がする。

 白砂の浜を歩く。歩いてよいのは砂の上だけである。カタツムリの貝殻が散乱している。ヒロベソカタマイマイ。小笠原固有種にして絶滅種である。落ちているのは半化石化している殻。太古の死骸の間に我々は立っているのだ。やぶれたピンポン玉のようなものも散見される。アオウミガメの卵が孵った跡。死ぬものもあれば生まれるものもあり。

 シュノーケルをつけて再度ダイビング。静かな湾の水中には多くの魚が泳ぐ。紫色の外套膜。シャコガイだ。パイプウニも居る。サンゴに開いた直径数ミリの穴の中から覗くギンポの類。その表情を見て取れるほど澄んだ水。水中カメラで写真を撮っている女性たちが居る。最近ではハウジング入りのレンズつきフィルムもあるらしい。そういったものを用意してくればよかったとあとで気づいた。

 30分の滞在時間はすぐに過ぎ、再度トンネルを泳いで船に戻る。

 行きには気づかなかった海底の広がりを楽しむ余裕を、すでにとりもどしていた。自分の呼吸音が低く響く中、できる限り水底に目を向けてその光景を楽しみ続けた。

 船に乗りなおし、発見情報を待ちながら、兄島方面へと向かう。兄島瀬戸のダイビングスポットが開いていればそこに係留するのだが、この時間ではすでに埋まっているだろうとのこと。そしてその通り、数ヶ所ある係留ブイには先客の船が停泊していた。兄島瀬戸を離れ、西側の湾に停泊。

 船上にて昼食。サービスの味噌汁が冷えた身体にうまい。握り飯をほおばる。誰かが飯を海に投ずると、我先にと魚が群れ集まってきた。崖の上ではヤギが鳴く。煌々とした日差し、穏やかな波。平和である。

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