椎名さんに紹介された後、信濃町のマンションにあった「本の雑誌社」を訪ねた。お礼をしに、菓子折りを持って。

椎名さんは不在で、目黒さんがいた。このときに目黒さんから直販のやり方、掛け率(書店への卸値)、伝票の書き方、集金の方法、本づくりのことなど、基本的なことを教わった。その頃は「本の雑誌」こそ、直販の雄であった。

私に基本はなかったので、砂に水がしみるように、私の体はしみた。帰りの信濃町の駅のホームで、体が熱くなってきた。

ポリシーを持とう、プライドを持とう。今の気分、今現在の姿勢にこだわろっと決めた。

次の日から、目黒さんに、ここだけは絶対おいてくれるから行け、と言われたお茶の水茗渓堂、飯田橋文鳥堂、四谷文鳥堂、阿佐ヶ谷書原、武蔵新城早川書店、菊名ポラーノ書林を訪ねていった。

M書店のSさんには喫茶店で「断られた書店は覚えておくんだよ。そのあと向こうから電話がかかってきても絶対おいちゃダメだよ。ふざけんじゃないっつうの」と言われた。

そのときまで私は、断られた理由の大半はこっちのせいかな、と気弱だった。

「そうじゃないの。おく気がないのは書店にやる気がないんだよ。売れてからおきたいと言ってくるような店は売れなきゃすぐ取り引きやめちゃうんだから」

ふーむ、そうなのか。私の代わりにSさんは怒ってくれていたのだ。それからは断られてもまったく気にならなくなった。

ふん、バカめ。売れる雑誌なのにおかないなんてお前も見る目がないのお、と堂々と店に背中を向けて出た。