2001年のニコリを振り返る
2001年に発売されたニコリ
94号 3月10日発売
95号 6月10日発売
96号 9月10日発売
97号 12月10日発売
2001年のニコリを振り返る
ここ数年、会社にも本誌にもいろんなことがありましたが、2001年は大きな動きはなく、落ち着いた一年となりました。誌面では「オモロパズルのできるまで」で毎号動きがあり、新しいパズルがどんどん生み出された年でもあります。
この年、まだ世界的な数独ブームは来ていなかったのですが、2カ月に1冊のペースで「数独ブック」を発行。ちょっと時代の先端を行きすぎましたかね。
94号から、「パズルQ&A」に代わって、短期集中連載「20,000センチの冒険」が始まりました。これは、私(安)が学生時代に作ってニコリに投稿した2万ケタの虫くい算にまつわる話で、97号まで続きました。
「オモロパズルのできるまで」では、漢字のパズル「漢字部品マット(掲載時の名称は「部首マット」)が登場。このあたりから、言葉のパズルもいろいろと生まれるようになります。
95号も「オモロパズルのできるまで」のコーナーは話題満載でした。まず、「美術館」が初めて登場し、その一方で「波及効果」はこの号限りという宣告がなされます。
(安)がパズルについて短く語るコーナー「ペンパポンパ」もこの号からスタートしました。
読み物ページでは、「ニコリクラブ」の会員特典のぬいぐるみを製作した永野義治さんインタビューを掲載。手づくりの魅力満載でした。
また、翌年に発行される「日本全国クロスワード」プロジェクトが始動。ある県にちなんだ言葉と、それに対するヒントの募集を開始しました。
96号も、話題の中心は「オモロパズルのできるまで」。この号では「天体ショー」が初登場しましたが、このときはまだ解いたら絵が出るパズルではなく、ひたすら点対称の図形に切り分けるだけのパズルでした。
なお、新パズルがどんどん育っていく一方、ナンスケや碁石ひろいなどが隔号掲載となっていくのでした。
97号も、やはり「オモロパズルのできるまでが熱かった。美術館が早くも後ろのページへ昇格することが決定。そして最大のサプライズは、いったん消えたはずの波及効果がすぐに復活したことでしょう。ここから一気に定番パズルへと駆け上がっていくのでありました。