12月14日(木)

 たまにはパズルの話を。

 本当は「パズルの難易度とは何か」という話を書いてみたんですが妙にカタくて長い文章になったのでまたの機会にします。この日記を読んでいる方ならお分かりかと思いますが、一昨日の影響です、ハイ。

 要約すると、

・作り手はそこから解けることを知っているから解けるが、解き手は『どこから解けるか』から探さないといけないので、難易度は二次災害的に上昇してしまう

という結論でした。それをどう避けるかには数々の方法論がありますが、それはまあ各自で考えておいてください。今日の宿題にします。(偉そうだな、しかし)

 それで今日は、ちょっと面白いな、と思った話。

 ペンシルパズルというのは、「探索」と「推論」の二つの過程によって解かれるわけですが、一般に、「探索」はしらみつぶしで隅々までしないものでして、大概の場合「明らかに分かる部分」を「漠然と」探す、感じで行われます。僕もだいたいそんな感じ。「解けそうだな」と感じたら、そこでしばらくじっくりと「推論」してみたりするわけですね。

 こういうテキトーな感じがノイマン型のコンピュータは弱いので、したがってコンピュータのアルゴリズム上「探索≒推論」となってしまうことに現代のコンピュータ科学の問題はあると思うのですがまあそんなことはおいておいて。やっぱ今日はカタいわ、すまん。

 それで、面白いな、と思ったのはね、人間って、ひとたび鉛筆が進むと(あ、ボールペン派、多いんだって?)、再び全体の探索に戻ればいいのに、どういうわけか、その解けた部分の周囲を集中的に探し始めちゃうことなんですわ。初心者であればあるほど、どうもその傾向は強い。大抵の場合、他に入り口があるものなんですが。僕なんか、分かっててもこだわってるからね。根がスカポンタンなもんで。
 で、ここでふと気づいたんですが。

 あれ、これって本能?ってさ。

 狩りとか漁とかで刻み込まれた人間の本能。ほら、「ポイント」ってのがあるわけでさ、効率的に狩りをするためには、うろうろ無駄に歩いたりするより、その「ポイント」を集中的に探すほうがいいわけさ。そして、大概その「ポイント」の周辺は、たとえば獲物の好物が生えているとか、温度がちょうどいいとか、なんかいろんな地理的条件を満たしているわけで、当然、ヒット率も高くなるものでして。

 もしかして、パズルでも解けてる一つの場所についこだわっちゃったりするのは、案外、そういう原始的な記憶が脳に刻まれてるってことなのかなあ、と、さっき、思いました。

 まあ、記憶云々の胡散臭い議論はおいておいて、解き手のそういう性質を利用して解き筋をコントロールする手法はかなり有効です。難度の高い手筋も解き手が本能的に見つけやすいところに配置して視線を固定させてしまえば探索の手間を減らせるので…。
 あ。
 宿題の答えいっちゃった。

 で、突然ですが第2チェックを終了しました。パチパチ(少量の拍手)。しかしいかんせん無能力者の私ですので、また大量に直しが入ってしまいました。というわけで再度チェックです。

 明日から第3チェック。多分12時間くらいでいけるんじゃないかと。今週末にケリをつけます。