2012年01月31日 15:03
八王子。
「八王子そごう」が今日、31日をもって閉店する。28年の歴史かあ。都内のマンモス大学が続々と八王子に引っ越していったのがその頃だったのか。
25年前頃は、八王子駅前の「くまざわ書店」に納品すると必ず近くの「竹の家」で、醤油ダレガッチガチのラーメンを食べるのが楽しみだった。
駅周辺の商店街はどこまでも長く続き、でかかったよなあ、その範囲。
これから4時間、社員全員で企画会議。私はお祭り気分。
んじゃ。
2012年01月27日 15:55
ナナカマド。
そうかあ、前回のブログはやけに生意気なこと書いてるなあ。そう、幼稚園から大学まで秋に開校だ。目指せオータム。
♪風立ちぬ いまは秋 (松田聖子だったか)
♪今日から私は 心の旅人
あ、ちょっとまた思い出した。少し前の大瀧詠一のサイダーのCMソング。
♪冷たくされてもいいんです 冷たくするからいいんです
あなたとわたしのカンケーは いつもサイダーです
とは言え、今は早春の入り口。房総半島は水仙。
♪アイ メイ ノットハバ マンション
アイ ハブント エニー ランド
♪バト アイ キャン ショウ ユー モーニン
「七つの水仙」。いいなあ。オンザ サウザンド ヒルズ。脳内カラオケです。
その頃に流行った(うろ覚えです)「いいじゃないのシアワセならば」(佐良直美)はいま、由紀さおりがカバーしていて、これもいい歌だよなあ。
おなか空いた。
2012年01月23日 12:19
六大学。
六大学の一つ、東大が秋からの入学を検討している。大賛成。欧米の8割が9月入学である。日本の若者をスタートからガラパゴス化させては気の毒。インターシップ(アメリカ語)とかギャップイヤー(イギリス語)とパッケージで進めれば何の問題もない。
外国人を日本の大学に呼び寄せたい、という理由はせこい。それよりも日本人が外国に出る(留学する)機会をハードルなくつくることだ、を理由にしてほしい。
激減している日本人の留学生。私も留学したいよ。勉強はしたくないよ。おっと。
大学ってなんなの? キャンパスってなんなの? 私は大学に2年半在籍していて、200日くらいしか大学に行かなかった。
数年前、週刊「文春」の阿川佐和子さんのコーナーに出たとき、彼女の感想が「友だちのノートを借りて要領よく過ごした大学生そのままみたい」だった。50代後半のいい男をつかまえてこれだよ。でも図星である。
予備校が大学をつくり、大学院をつくる一方、資格認定で世の中を渡れる今。
保育園と幼稚園が合体を模索する今。厚労省と文科省のすりあわせはいかにも遅い。
13才のハローワークだけではなく、今や62才のハローワーク、70才のハローワークを模索、実験、実現していくべきだ。
飛ばしました、失礼。月曜日は朝に会議があるので、今はなぜか元気。今晩からまたフツーのバカ話男に戻ります、ハイ。
週末はいちばん楽しみな作者新年会です。100人規模。ああ楽しみ。また雨か雪。
2012年01月20日 15:52
五番街。
NYマンハッタンの五番街はテナントが入らぬビルもあり、昔の隆盛はない。そんなことより、大相撲を観て気分がよかった次の日、オートレーサーの坂井宏朱さんが練習中に激突死したニュースを知った。女性では44年ぶりのレーサー。若干27才。流星のように散った。2008年まで原付の免許も持っていなかった彼女がどうしてレーサーを目指したのか不思議で、彼女の記事は逐一興味を持って読んでいた。悔しい。たった22回しか走っていなくて1勝。6カ月だけの選手生命。言葉がない。ご冥福をお祈りします。
75才クラスの先輩たちと飲んだ。サトーさんは私よりも酒が強い。深酒が進み、サトーさんの呂律が回らなくなったとき、彼が言った。
「あのよ、あのな、あのさ、あのさ、おれ酒が弱くなったわ」
彼を見送ってからイエに帰った。私にとって里程があるのはいいことだ。
東京は初雪です。
2012年01月11日 15:18
四ツ谷。
駅はまあ、乗る駅と降りる駅があって、そのあいだは通過する駅となる。今、中央線の四ツ谷駅はもっぱら通過する駅です。
ニコリの黎明期、行商でほとんどの書店で断られていたとき、本の雑誌社の目黒さん(創業社長)に会い、「ここなら必ずおいてくれるから行け」と言われた7店のうちの1店が四ツ谷の文鳥堂だった。他はお茶の水の茗渓堂、飯田橋の文鳥堂、西武新宿のパルコブックセンター、阿佐ヶ谷の書原、菊名のポラーノ書林、武蔵新城の早川書店。
どの本屋さんもさらりと迎えてくれて、いきなり荷が軽くなり、拍子抜けもし、こんなに暖かい店があるのか、とびっくりもした。
その頃の契約書店は15店くらいではなかったか。100店以上まわっていてスカばかりで。一気に7店も増えたのだった。目黒さんに感謝。
四ツ谷文鳥堂の店長、木戸さんはニコリ本を一等地においてくれた。しかしなかなかに売れない。ある日の夜、納品(集金)に行ったらなんとエロ雑誌の棚に移っていた。
その頃、パズル本はニコリ本と「クロスワードマガジン」(方丈社)の2種類しかない。パズルコーナーなんてどの書店にもなかった。
「うちは夜遅くまでやっていて、あそこの棚が売れるんですよ」と木戸さん。
「ハ、ハア」と私。パズル通信ニコリの横に並んでいるSMスナイパーとかスワッピング雑誌を初めて立ち読みした。わおっ。
その棚に移してくれてからニコリ本は以前の倍以上売れることになる。へええ。
納品したあとは、しんみち通りの中華屋で餃子とビール。毎回うまかった。
大糸線に信濃四ツ谷という駅があった。我が母校、石神井(しゃくじい)高校の山小屋はその駅から入った細野村の上、八方スキー場のいちばん上にあったので、冬と春、夏にも通うようになり、浪人したときは八方山荘というレストランで2カ月とか、住み込みのアルバイトをした。
その頃、信濃四ツ谷は白馬という駅に改称した。一瞬、つまらん、と思った。
そうだ。先週末は石打(新潟)に行って、1本だけ滑ってきたのだった。飲みすぎた。
そうだ。鴻上尚史(こうかみしょうじ)の第三舞台解散公演「深呼吸する惑星」を観てきたのだった。泣けた。元気だったのでホッとしておつかれさま。演劇の第一世代がアングラ。第二世代が小劇団。第三世代が夢の遊民社と第三舞台だった。
あ、出ます。んじゃ。
2012年01月05日 12:27
三ツ矢サイダー。
今年もごひいきに。抱負(年頭所感?)はさっき会社でしゃべって忘れました。御神酒、飲みすぎた。
年末からのホリデイは、吉祥寺の中古CDショップで、レゲエのアルバムを5枚買って、ずっとポンスカポンスカ聴いていた。競馬、競輪、ボート、オートはすべていいところなし。明日がある。
「いなり寿司」探求は卒業。奥が浅いっていうか、それぞれの家庭の味の方がうまいっていうか。うーむ。おいなりさんくらいのC級グルメでは、こちらの体調、気分の味になるカンジ。ハーイ、おしまーい。ししまーい。
いつのまにか三ツ矢サイダーを好んで飲んでいることに気づいた。
♪私とあなたの関係は サイダーです (大瀧詠一)
上記は昔のコマーシャルソングだ。あのLP、売ってしまって長い。悔しい。なんでそんなことに今気づいたのか。日本酒だから喉が渇いたのか。
一ツ矢は折れても三ツ矢は折れぬ。ニコリスタッフの顔合わせは24人。
24ツ矢ならどうなるのか。お焚き上げか。今年は燃えますって、おいおい、落語じゃないんだから。
2011年12月28日 17:11
ふと、考える。
今年はいろいろありすぎたが、私は例年どおり何も考えず、ドド走りで駆け抜けた。自分の自慢話で悦に入り、先週の深夜、夜食をつくっているときに包丁で指を切り、先月の深夜、電気で沸かす「湯沸かしポット」をコンロに乗せ、火を付けたらポットの下のゴムが燃えて臭いのなんの。ポットはおシャカ。自信がなくなり、人生一進一退とはこのことか。まったく違うな。
そんな中、ときどきは西の空の真っ赤な夕焼けにちょろちょろ涙を流し、ポスターや看板のセリフに心が和らぎ、餌をついばむ小鳥たちに元気をもらい、シャッターの「閉店挨拶」に歴史を感じ、ラジオや落語でボロボロ泣くのであった。涙腺のパッキンもゆるくなったものだ。こいつはオーバーホールのしようもなし。
ふと、考えるのである。
婚姻届の用紙は茶色で印刷してある。離婚届の用紙は緑色で印刷してある。なぜだろう。皮肉か。
ふと、考えてしまう。
銀座線も山手線も朝のダイヤは、1時間に26本とか27本とかの車両を走らせるけどダイジョブか。
「ふと、は偉大である」と言ったのは東海林さだおだった。
来年はもっともっとちっちゃなことを考え続けたい。
みなさん、よいお年をお迎えください。風邪をひきませぬように。お体を大切に。
これから身内の忘年会でお開き。新年は5日からです。
2011年12月22日 14:58
冬至2011。
今日は冬至。月齢26.9 。寒くなったが、もう少し寒くなっても許すぞ。東京は住みやすいのだろうなあ。
昨日、ラジオで。
「ハブラシで火事があった」と。ハッ? 羽村市だった。
「段取りが悪いんだよ。チキン・ハートだしなあ」というコメントが。ダンドリー・チキンってどうですかね。
先日、次女のなつこ子が電車内の出来事をしゃべった。
「朝ね。ま、混んでて。私と同じくらいの女の人が座っていて、化粧しててね。そしたら男の人が『やめなさい』って突然、言ったの」
「おおう、んでどした?」
「そしたらね。すみませんって女の人が言って。でも続けていたからまた男の人が『やめないか』って大きな声で」
「おうおう、そんで?」
「でね、結局男の人が降りるときにまた、やめなさいって言ってったんだけどね」
「周りの人は何も言えないしなあ」
「うん、そう。でも化粧って半分くらいでやめられないよね」
面白い。
「なつ子は外でするの?」
「私はしない」
今年も残りわずか。いろんな忘年会の挨拶で私は「今年は忘年会ではなく、刻む年、刻年会として飲みたいと思います」と言っている。
私が通っていた、40年以上続いていた店がいくつか今月で閉める。酒が薄く感じてしまうのはなぜだろう。
テラミツ師匠が言っていた。
「カジさん、そんなときはね、ダブルって言わないで、ちょっと酒を多目にって言うといいよ。値段変わらないから」
面白い。
鍜治真起